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1年

去年の3月11日 恐らくみんなはうんざりするほど昨日のTVで見たと思われる。
うちもうんざりしてます。正直。
去年のあの時、うちは友人とスカイプをしていました。
携帯で地震警報が鳴り「あぁ~地震みたいだわwww」
の「みたいだ・・・」で ものすごい揺れ。
必死にコロを守り、親は必死に家具を守りました。

福島県いわき市は地震に津波に 原発という問題がありました。
原発があぁならなかったらいつもと同じ日常をいわき市で過ごしていたと思います。
もしかしたらばぁちゃんも死ななかったかもしれない。
忘れたくても忘れられない記憶は正にこの日です。
忘れようとしたときに福島から原発のお便りが来たり
人から地震のことを聞かれたり

自分はまだ被害が今のところないので幸せなのかもしれません。
ただこれから歳を取っていく事で恐らく被爆という問題が付いて回ると思います。
結婚が奇跡的にできて子供が生まれた時どういう障害が出るか
自分が何らかの病気に侵されるか
それは生きてみないとわかりません。

昨日1年が経つとわかっていても黙祷はしませんでした。
4月の11日に1ヶ月経つからとあの時黙祷したら、また震度6の地震が来たからです。
向こうには親とコロがいます。
うちが黙祷してまた大きな地震が来たら・・・そういう気持ちでした。
人それぞれに弔いのやり方があります。
自分は自分なりの事をしました。

地震の爪あとは消えません。
まだまだ問題は山積みです。
うちは新しい土地で生活をしてきましたが 来年の5月にいわき市に戻ります。
もしかしたらいわき市に住めなくなるかもしれない
けれどうちは自分の住み慣れた土地に帰りたい。
被爆してもそれでも帰りたいと思ってます。
それでもし死んだとしても本望です。

自分の住むいわき市が好きだったこと
地震速報の音が心臓が破裂するくらい怖くなった事
血液検査で抵抗力があの日から格段に下がって十台になったこと

この日は死んでも忘れませんです。


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